世界カワウソの日によせて

5月の最終水曜日は「世界カワウソの日(World Otter Day)」です。略してWODは国際カワウソ生存基金(略するとIOSF =International Otter Survival Fund /イギリス)が世界のカワウソの現状や保全について考えることを目的として制定しました。
今年はイベントの実施ができなくなってしまったため、この場を借りてカワウソについてみなさまにあらためてお話ししてまいります。

MENUは下記の通りです。
1) コツメカワウソとは?
分類、分布、大きさくらべ、形態、生態、CITES、密輸について
2) 海遊館での飼育
環境エンリッチメント、ハズバンダリートレーニング
3) カワウソあれこれ
では、お楽しみください。

1)コツメカワウソとは?
カワウソの分類
海遊館で飼育しているカワウソはコツメカワウソです。世界にはカワウソの仲間が13種類いるのはご存知でしょうか?
カワウソは「食肉目」の「イタチ科」の動物です。イタチ科にはイタチやスカンクが含まれ、皆様もよくご存知のフェレットやテンなどもイタチ科の動物です。カワウソの含まれる「カワウソ亜科」は7属13種に分類されます。コツメカワウソはどこにいるかわかりますか?

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カワウソの分布
カワウソの仲間はヨーロッパ、アフリカ、南北アメリカ、アジアに分布しています。

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コツメカワウソは東南アジアに暮らしています。


大きさくらべ
左からラッコ、オオカワウソ、ツメナシカワウソ、ユーラシアカワウソ、コツメカワウソ
オオカワウソが最大で、コツメカワウソが最小。

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カワウソの形態
水中でも陸上でも暮らすことのできるカワウソ。その体の特徴を紹介します!
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体:流線型で胴が長い。
頭:てっぺんが平たい。
目:頭の上の部分についていて、水の中、水の上も見やすくなっている。
鼻:水の中で穴を閉じることができる。嗅覚が優れている。
耳:小さく、水の抵抗を受けにくい形。
歯:34~36本。カニの殻など硬いものを噛み砕くことができる。
毛:長く太い上の毛と、短く細い下の毛の2層構造になっている。上の毛は、水はけがよく体を冷やしにくい。サラサラで触り心地も良く、昔は毛皮に利用されていた。
足:前足は泳ぐとき、水の抵抗が少ないように短い。器用に物を掴むことができる。(特にコツメカワウソはすごい!)前足、後足ともに水かきがついている。(後足にしかないカワウソもいる)
尾:根本は太く、同との境がわかりにくい。先は平たく、泳ぐときに舵の役目をしたり、フンをなすりつけたりするのに使う。


コツメカワウソの生態
続いて、コツメカワウソの生態について紹介します。
・住んでいる場所
 泳ぐのが得意なコツメカワウソは野生下では湿地や湖沼、水田で暮らしています。割と人の生活圏の近くに生息している例もあるようです。

・1日のくらし
 コツメカワウソは夜行性かつ薄暗い時間帯(日の出前や日の入り後など)に活動するといわれています。夜になると甲高い鳴き声が田んぼから聞こえてくることがあるとか。

・グループ
 カワウソの仲間の多くはラッコをはじめ、単独で暮らす種が多いのですが、コツメカワウソは家族集団で行動します。ビロードカワウソやオオカワウソなども大きな群れをつくります。

・行動範囲
 カワウソは巣をつくって暮らしますが、巣を中心とする休憩場所、育児場所、餌をとる場所を持ちます。それらの場所は1か所ではなく、何か所か持つため、カワウソの行動範囲はかなり広いと言われています。巣の周辺では排便して印をつけます。

・エサ
 カワウソは肉食性、魚やカニやエビなどの甲殻類、時には昆虫や小型の動物を食べます。コツメカワウソが食べるのはカニが圧倒的に多く、次にトビハゼやキノボリウオなどの魚類そして貝などを食べるそうです。コツメカワウソの前足は感覚が優れており、底や岩穴を探って餌をとるのに役立ちます。また、カワウソは消化がたいへん早い(2時間程度)ため、少しずつ何回にも分けて食べます。

・糞(フン)と肛門腺
 食肉目は肛門腺を持ち、そこから出る分泌物はかなり強烈なにおいを放ちます。分泌物は排便する時に多少はフンと一緒に出ますが、フンのにおいよりもこのにおいはすごく、驚いたり、激しく怒ると単体で発射されます。これを浴びてしまうと1日憂鬱になります。また、高齢のコツメカワウソ(特に♀)は排便の際にうまく分泌物がだせなくなり、定期健康診断の際に獣医に肛門腺をしぼってもらうことも。
 カワウソのフンはやわらかめで、魚の骨などが含まれています。

・寿命
 野生下ではよくわかっていません。飼育下では生後1年以内に3割近くが死ぬことが多いのですが、そこを超えると10~15年ぐらいでしょうか。海遊館では23年生きた個体もいました。

・繁殖
 野生のコツメカワウソに関する研究は少なく、飼育下の情報としては年中繁殖が可能です。妊娠期間は60日ほどで、一度に1~6頭のこどもを産みます。
 生まれてきたこどもは40~80g、毛が生えているが、目が開くのは生後1か月程度です。こどもは独り立ちするまで家族と共に行動し、泳ぎ方や狩りの方法を学びます。

・鳴き声
 12種類以上の異なった声を持ち、いろいろな合図をするのに役立っています。


ワシントン条約(CITES)
コツメカワウソは国際自然保護連合(IUCN)のレッドリストで「危急種(VU)」として保護の対象となっています。絶滅の恐れがあるにもかかわらず、日本でも密輸のニュースを聞いたことがあるのではないでしょうか?そのような流れから、去年の8月にワシントン条約(絶滅のおそれのある野生動植物の種の国際取引に関する条約=CITES)の「付属書Ⅱ」から「付属書Ⅰ」に引上げられ、商業目的のための国際的な取引が原則禁止になり、国内でもペットとして販売することはできなくなりました。このことは、絶滅が危惧される野生のコツメカワウソの保全上、大事な一歩になります。

密輸について
ある日、税関の方から密輸されたカワウソの種類を同定して欲しいと依頼がありました。持ち込まれた小さな箱の中には、まだ目も開いていない生後数か月のカワウソがいました。カワウソたちはピーピーと鳴いていて、とりあえずミルクを与えると飲んでくれました。同定の結果、コツメカワウソであることがわかり、その後、動物園で保護され元気にやっていると聞きました。初めて目の当たりにする光景で、密輸をとても身近に感じた瞬間でした。このことからもカワウソの現状について皆様にもっと知って頂きたい思いが強くなりました。

2)海遊館での飼育
 海遊館にいるコツメカワウソがイキイキと暮らすことができるよう、私たちは様々な工夫をしています。その一部を紹介します。

環境エンリッチメント
環境エンリッチメントとは、動物たちが心身ともに健康に生活できるよう、環境を豊かにすることです。カワウソが持つさまざまな能力や行動を引き出すことができるよう、展示空間の充実やエサの与え方などに様々な工夫を施しています。

・アユとの混合展示
 海遊館では、カワウソと一緒にアユを展示しています。アユはカワウソのエサとして収容しているわけではありません。理由は2つあるのですが、今回はエンリッチメントの方をご紹介します。コツメカワウソは野生下では、主にカニやエビなどの甲殻類や魚類を捕食しています。エサを食べるだけでも、「探す」→「追いかける」→「捕まえる」→「暴れる獲物を取り押さえる」→「食べる」といったように、色々な行動が生じます。では、飼育下ではどうでしょう?切り身になった魚やキャットフードなどを与えられているカワウソの行動は、「飼育員からエサをもらう」→「食べる」だけ。比べてみるととても少ないです。そこで、海遊館のカワウソには魚を追いかけたり、時には捕まえて食べたりと野生本来の行動を誘発するために今の展示の形になっています。

・フィーダー
 海遊館にはバックヤードにも数頭のコツメカワウソがいます。バックヤードは展示場に比べ、狭く、刺激も少ないため、行動が単調になってしまいます。全頭展示に出したいのですが、相性や繁殖の制限などからそういうわけにもいきません。定期的に展示交換するだけでなく、バックヤードでの生活を充実させるための工夫を紹介します。
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これはエサを与える時に使用する「フィーダー」です。容器には穴が開いていて、カワウソは簡単にエサを食べることはできません。フィーダーを使うことで、「フィーダーを揺する」「フィーダーに前足を入れる」「フィーダーを水の中に入れる」→「エサを取る」→「食べる」というように、飼育員から単にエサをもらうより行動のバリエーションが増えます。

また、食べることに費やす時間が増えるので、楽しい時間も増えるといえるでしょう。
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ハズバンダリートレーニング
ハズバンダリートレーニングとは、健康管理に必要な行動を動物たちに協力してもらいながら行うトレーニングのことです。これまで麻酔をかけたり、捕獲されることで動物たちにかかっていたストレスを減らせます。同時に動物も飼育員も危険を回避することができます。

・体重測定
 海遊館では、週に1回カワウソ全頭体重測定を実施しています。体重測定は、適正体重を維持するためにエサの量を調整したり、治療時に必要な投薬量を決定するためにたいへん重要です。体重計には自ら乗るように誘導します。
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・吻タッチ
 カワウソの鼻の先(吻先)を飼育員の手にタッチさせます。カワウソが静止している間に身体を触って、ケガをしていないかなどチェックします。これは他にも応用することができ、聴診、点眼、体温測定なども可能になりました。
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・超音波検査(エコー検査)
 超音波検査は内臓の状態を確認することができます。給餌中に専用の台の上に乗せて行います。まだ一部のカワウソしかできていないので、全頭できるように練習中です。
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・レントゲン検査
 人間と同じで骨の状態やカワウソに多発する腎臓結石などを確認するために行います。飼育舎の前までレントゲンの機械を持ってきて、カワウソには手に掴まった状態で静止させています。
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・血液検査
 血液検査では色々なことがわかるのでとても重要です。実施方法は個体によって違いますが、すでに採血ができるようになった個体もいます。ハズバンダリートレーニングで血をとることができたのは、今年になってのことです。これからもっと精度をあげるために練習していきます。
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・皮下輸液
 皮下輸液とは皮膚の中に栄養剤や、薬を注入することです。人間でいうところの点滴のようなもの。以前、慢性腎不全になった個体の脱水症と尿毒症対策のために実施していました。最初の方はエサを食べている間に注射をさせてくれていましたが、次第に嫌がるようになったため、活きた魚を食べている間に行うとあまり嫌がることはなく、注射をさせてくれました。
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3)カワウソあれこれ
カワウソの担当になり、カワウソに興味がわいた係員が、あれこれをつづります。

日本のカワウソ
カワウソの仲間は世界に13種いることは前項でお伝えしました。日本にはニホンカワウソという種がいましたが、1979年以降生きた姿を見ることはできず、2012年にはとうとう絶滅種となりました。実は日本には古くからカワウソが存在していました。古くは縄文時代の遺跡からカワウソの骨が出土したり、平安時代末期、安徳天皇(安徳天皇は源平合戦・壇ノ浦に沈んだ悲劇の天皇です)誕生の際、安産のお守りとしてカワウソの皮が祭られたという記録があります。江戸時代には日本の食物について性質や食法などを詳しく説明した書「本朝食鑑(ほんちょうしょっかん)」では「カワウソはおいしい」とあって、食べものにされていたそうですよ。この頃は身近にカワウソがいたのでしょうね。

カワウソ名前の由来
平安時代の辞典「和名類聚抄(わみょうるいじゅしょう)」では「乎曽(ヲソ)」と掲載されています。「川にすむヲソ」で「カワウソ」。ヲソとは「恐ろしいもの」の意ですが、これは獰猛で怖いというよりも、なにかよくわからないおごそかで不思議なもの、不気味なものという意が強いように感じます。後述する民話では人を化かしたりだましたりすることが多いからかな?他には「みずち」=水の精霊・水神と呼ばれることも。
漢字では「獺」と記します。瀬にすむ獣ということでしょうか?
英語では「otter」ですが、これは古い英語で「otr」、中期英語で「oter」が現代英語で今の形となりました。起源はwater(水)、wet (ぬれた)あたりからきているようです。

こんなとこにもカワウソ
和歌山県南部を中心に活動されている南紀生物同好会の2019年10月の会報「くろしおvol.38」に「南方熊楠におけるオコゼという名称」という投稿がありました。山の猟師さんがオコゼを奉るという風習があり、それにまつわる伝承が日本各地にあります。和歌山の博物学者・南方熊楠は1911年(明治44年)に「山神オコゼ魚を好むということ」に、和歌山県日高郡の伝承を書いているのですが、そこに出てくるオコゼは海にくらすものなのか?それとも渓流などに暮らす魚なのかというお話でした。
熊楠の書いた伝承では、狼の姿をした山の神がオコゼの姫を見初めて恋わずらいになり、ついには結ばれるというもの。私の目にとまったのは、そこで、ふたりの仲をとりもつのがカワウソってことで、カワウソの活躍により、山の神とオコゼ姫はすったもんだの末、結ばれます!!カワウソは「山と海を結ぶ」動物だったので、ふたりの間を行き来できたというわけ。和歌山の白浜にある南方熊楠記念館では「山神オコゼ屏風絵」の模写の写真があるということなので見にいってまいりました。ただ、写真は小さくてカワウソの存在がよくわからなかった...無念。

高知のカワウソ
ニホンカワウソが最後に生きている姿がみられた高知県は海遊館のジンベエザメのふるさとでもあり、とても縁の深い土地です。今から20年くらい前に「カワウソ」をテーマとしてスクールを実施しました。ちょうど土佐清水市の以布利センターができた直後だったので、センター職員に地元の漁師さんや近くに住んでいらっしゃる方にカワウソについて聞いてもらったところ、たいへん興味深いお話を聞くことができました。
以布利の周辺では1960年代ごろまではカワウソがみられ、フンもよく見たとのこと。フンの中には必ずカニが混ざっていて、イタチのフンとは全く違うそうです。以布利は海岸沿いの町ですが、すぐ後ろは山があり、カワウソは海に餌をとりにやってくることも!少し沖合いにある大敷網のまわりをうろうろ泳いでいることもあったとか。そして、田んぼなどでみかけるものと海辺にいるものはタイプが異なっているように見え、後者は大きく、色も違っていたとおっしゃっていました。磯でこどもを見かけたこともあったそうです。それから50年以上がたちました。魚の収集で以布利を訪れると「あー、昔はここにカワウソがいたのだな」としみじみ思います。以布利センターがお世話になっている土佐清水市の市役所にはニホンカワウソのはく製があり、2008年の特別展示ではお借りして展示することもできました。コツメカワウソと比べると大きいと思いました。
カワウソを飼育するものとして、これからもニホンカワウソのことは後世に伝えていかなければならないと考えています。

コツメカワウソについてとカワウソのあれこれはいかがでしたでしょうか?
今回、以下の本や資料を参考としました。興味のある方はぜひご覧いただけると幸いです。

・IUCNレッドデータリスト
・Biology and Ecology of Asian Small-clawed Otter Aonyx cinereusu (Illiger,1815).A Review(2011) Syed Ainul Hussain, Sandeep Kumar Gupta and Padma Kumari de Silva
・ニホンカワウソ 絶滅に学ぶ保全生物学 安藤元一(2008)
・南方熊楠におけるオコゼという名称 大和茂之、山内洋紀(2019)
・アイヌの口承文芸におけるカワウソのイメージについて 道合裕基(2015)
・海遊館スクール 2001年

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